インドネシアは長年、日本の自動車メーカーにとって「牙城」とも呼べる市場でした。トヨタ・ダイハツ・ホンダ・スズキ・三菱を中心とした日系メーカーが市場シェアの大部分を占め、東南アジア最大の自動車生産拠点としての地位を築いてきました。
しかし今、その状況に大きな変化が起きています。中国系EVメーカーの急速な台頭、政府によるEVシフト政策、そして消費者の嗜好の変化——インドネシアの自動車産業は歴史的な転換点を迎えています。
本記事では、インドネシア進出・事業展開を検討している日本の自動車メーカー・部品企業向けに、市場の最新動向とEVシフトの実態、そして今後の戦略のヒントを解説します。
この記事の目次
- インドネシア自動車市場の規模と位置づけ
- 日系シェアの静かな低下:83.9%という数字
- 中国系EVメーカーの急速な台頭
- インドネシア政府のEVシフト政策
- 日系メーカーの対応:HV戦略とEV投入
- TKDN(国内調達率)規制と部品サプライヤーへの影響
- ニッケル資源とバッテリーサプライチェーン
- 日本の部品・関連企業が今取るべき戦略
- ANCジャパンの自動車産業進出支援
- まとめ
本記事は2025〜2026年時点の情報をもとに作成しています。自動車産業の政策・市場動向は変化が速い分野です。最新情報は必ず現地専門家にご確認ください。

1. インドネシア自動車市場の規模と位置づけ
インドネシアは東南アジア最大の自動車市場であり、ASEAN域内における日系メーカーの一大生産拠点です。
| 指標 | データ |
|---|---|
| 乗用車市場規模(2025年) | 約180億米ドル |
| 乗用車市場規模予測(2035年) | 約281.1億米ドル |
| 年平均成長率(CAGR、2026〜2035年) | 4.56% |
| 2026年新車販売目標(GAIKINDO) | 85万台(前年比+5.4%) |
| 2025年新車販売実績 | 約86万台(前年比-13.9%) |
2025年の新車販売は前年比13.9%減という厳しい結果になりましたが、2026年に入ってからは回復基調にあります。2月の新車販売台数は前年同月比12.2%増の8万1,159台となり、1〜2月累計でも前年同期比9.8%増の14万7,631台と、市場は再び拡大局面に入りつつあります。
2. 日系シェアの静かな低下:83.9%という数字
インドネシア自動車市場における最も重要な変化は、日系メーカーのシェア低下です。
日系シェアの推移
| 年 | 日系メーカーシェア | 中国系メーカーシェア |
|---|---|---|
| 2021年 | 95% | 3.4% |
| 2025年1〜9月 | 83.9% | 11.9% |
2021年に95%という圧倒的シェアを誇っていた日系メーカーですが、わずか4年で83.9%まで低下しています。一方で中国系メーカーは3.4%から11.9%へと3倍以上に躍進しました。
この変化の本質は「日系メーカーの車が売れなくなった」ということではなく、「EV化という新しい競争軸で中国メーカーに先行された」という構造的な問題です。中国系メーカーの2025年9月までの販売台数(約56万台)の内訳を見ると、BEV(バッテリー式電気自動車)比率は75.0%に達しています。対して日系メーカーはガソリン車が65.6%、ディーゼル車が25.6%と、化石燃料車が91.2%を占めています。
3. 中国系EVメーカーの急速な台頭
2026年2月の新車販売台数を見ると、この変化がより鮮明になります。
| メーカー | 販売台数 | 前年同月比 | シェア |
|---|---|---|---|
| トヨタ | 22,522台 | -7.7% | 27.8% |
| ダイハツ | 13,452台 | +12.5% | 16.6% |
| スズキ | 9,659台 | +103.3% | 11.9% |
| 三菱 | 7,008台 | +4.8% | 8.6% |
| ホンダ | 5,385台 | -38.5% | 6.6% |
| BYD(中国) | 4,653台 | +232.6% | 5.7% |
| Geely(中国) | 1,123台 | +1,601.5% | 1.4% |
特筆すべきはBYDの前年同月比232.6%増、Geelyに至っては1,601.5%増という驚異的な伸びです。一方でホンダは38.5%減という厳しい状況にあります。この差は明確に「EV戦略の差」を反映しています。
4. インドネシア政府のEVシフト政策
この変化の背景には、インドネシア政府による積極的なEV優遇政策があります。
税制優遇策
2025年、インドネシア政府はBEV・HEVの購入に係る税制優遇策を導入しました。国内で販売されるBEVについて、通常12%が賦課される付加価値税(VAT)のうち、政府が5〜10ポイント分を負担する仕組みです。
| 国産化率(TKDN) | VAT減税幅 |
|---|---|
| 40%以上(特定四輪・特定電動バス) | 10ポイント減税 |
| 20%以上40%未満(特定電動バス) | 5ポイント減税 |
販売低迷を受け、2025年にはHEV(ハイブリッド車)も優遇対象に追加されました。日系メーカーが得意とするHV戦略にとっては追い風となる動きです。
生産面での優遇措置
投資大臣規則2023年6号により、EVの完成車および部品の輸入に係る輸入税・奢侈税の免除が導入されています。ただし、この優遇を受けるには「遅くとも2026年1月1日までに商業生産の準備を完了し、2027年までに生産を開始する」という条件が課されています。つまり、EV現地生産への投資判断は、まさに今この瞬間が重要な意思決定のタイミングであるということです。
地方自治体レベルの優遇策
ジャカルタ特別州では、州知事令によりBEVが自動車所有税・名義変更料の免除対象となり、ナンバープレートの奇数偶数規制(渋滞対策の走行規制)の適用も免除されています。こうした地方レベルの優遇策も、EV普及を後押ししています。
5. 日系メーカーの対応:HV戦略とEV投入
日系メーカーもこの変化に対応し始めています。2025年2月に開催された「インドネシア国際モーターショー(IIMS)2025」では、以下の動きが見られました。
- ホンダ:インドネシア初となる小型EV「e:N1」を発売
- トヨタ:「カムリHV」「カローラクロスHV」のハイブリッド車2車種を発売
- スズキ:小型EVコンセプトモデル「eWX」を発表
日系メーカーの戦略の特徴は、フルEVよりもハイブリッド(HV)を軸に据えている点です。これは、インドネシアの充電インフラがまだ十分に整っていないこと、消費者の価格感応度が高いことを踏まえた現実的な戦略と言えます。2025年にHEVも税制優遇の対象に追加されたことは、この戦略にとって追い風です。
一方で、東南アジア市場全体を見ると「うかうかしていると中国勢のEV/PHEVシフトに置いていかれる」という懸念の声も業界内から上がっています。中国メーカー最大手のBYDが、コスト競争力のある低価格モデルの現地生産を計画しているとの情報もあり、日系メーカーにとって価格競争の圧力は今後さらに強まる可能性があります。
6. TKDN(国内調達率)規制と部品サプライヤーへの影響

インドネシアでビジネスを行う自動車メーカー・部品企業にとって避けて通れないのがTKDN(Tingkat Komponen Dalam Negeri:国内調達率)規制です。
前述の税制優遇の適用条件にもTKDNが組み込まれているように、インドネシア政府は自動車産業における国内部品調達比率の向上を強く推進しています。これは、日本の完成車メーカーだけでなく、部品サプライヤーにとって大きなビジネスチャンスでもあります。
TKDN規制が部品企業に与える影響
- 完成車メーカーは税制優遇を受けるため国内調達率を上げる必要がある
- → 現地での部品調達・現地生産のニーズが高まる
- → 日本の部品メーカーにとって現地生産拠点設立の動機になる
- → 早期に現地生産体制を構築した企業がTKDN対応で先行者利益を得られる
7. ニッケル資源とバッテリーサプライチェーン
インドネシアがEVシフトにおいて世界的に注目される理由のひとつが、世界最大級のニッケル埋蔵量です。ニッケルはEVバッテリー(特に三元系リチウムイオン電池)の主要原料であり、インドネシア政府はニッケル資源を活かしたバッテリー産業の育成を国家戦略として掲げています。
この戦略のもと、韓国のLG・現代自動車、中国のCATLなど、海外バッテリーメーカーによるインドネシアでの大規模投資が進んでいます。日本企業にとっては、完成車・部品だけでなく、バッテリー関連材料・リサイクル・充電インフラといった周辺分野でのビジネス機会も広がっています。
8. 日本の部品・関連企業が今取るべき戦略
これまでの分析を踏まえ、インドネシア進出を検討する日本の自動車メーカー・部品企業が取るべき戦略を整理します。
- HV・EV部品への対応力を早期に構築する
日系完成車メーカーのHV戦略を支えるためにも、電動化部品(モーター・インバーター・バッテリー関連部品)への対応力が今後さらに重要になります。 - TKDN規制を先取りした現地生産投資を検討する
2026年1月1日という生産準備期限が示すように、EV関連の投資優遇には時間的な制約があります。早めの意思決定が有利に働きます。 - 中国系メーカーとの取引可能性も視野に入れる
急拡大する中国系EVメーカー(BYD・Geely等)も、現地生産拡大に伴い現地サプライヤーを必要とします。日系以外との取引機会も検討の価値があります。 - ニッケル・バッテリー関連の周辺ビジネスを検討する
完成車・部品だけでなく、バッテリー材料・リサイクル・充電インフラなど、EVシフトが生み出す周辺市場にも目を向けることで、新たな事業機会を発掘できます。 - 市場調査を定期的にアップデートする
インドネシアの自動車市場は政策・競合状況の変化が非常に速い分野です。一度調査して終わりではなく、継続的な情報収集体制を整えることが重要です。
9. ANCジャパンの自動車産業進出支援
株式会社ANCジャパンは、インドネシアに現地法人PT. KEBUN TEKNOLOGI INDONESIAを構え、7拠点のネットワークを持つインドネシアビジネスの専門会社です。自動車産業分野でも以下の支援が可能です。
フィージビリティスタディ(市場・競合調査)
自動車部品・関連製品の市場性、TKDN規制への対応可能性、競合状況などを現地調査を通じて検証します。
現地パートナー・完成車メーカーとの関係構築支援
現地のネットワークを活用し、完成車メーカー・Tier1サプライヤーとの商談機会の創出をサポートします。
PT PMA設立・工業団地選定支援
自動車部品の現地生産を検討する企業向けに、工業団地の選定・PT PMA設立・許認可取得までサポートします。
現地人材採用支援
自動車・製造業分野の現地スタッフ採用や、日本への高度人材・特定技能人材の紹介にも対応しています。
10. まとめ
インドネシアの自動車産業の現状を整理します。
- インドネシア乗用車市場は2035年に281.1億米ドルへ拡大見込み(CAGR 4.56%)
- 日系シェアは2021年の95%から2025年には83.9%へ低下
- 中国系メーカー(BYD等)がBEVを武器に急速にシェアを拡大中
- インドネシア政府はBEV・HEVへの税制優遇でEVシフトを積極的に推進
- 日系メーカーはHV戦略を軸にEV投入を進めているが価格競争圧力は強まる見込み
- TKDN規制は部品サプライヤーにとって現地生産投資のチャンスでもある
- ニッケル資源を活かしたバッテリー産業の育成も国家戦略として進行中
インドネシアの自動車産業は、日系メーカーにとって「守り」から「攻めの再構築」が求められる局面にあります。EVシフト・TKDN規制・中国勢の台頭という3つの変化に対応するためには、最新の市場動向を踏まえた戦略的な進出・投資判断が不可欠です。
ANCジャパンでは、自動車産業のインドネシア進出に関するフィージビリティスタディから現地生産拠点設立、人材採用まで、幅広くサポートしています。「EVシフトへの対応を検討したい」「TKDN規制に対応した現地生産を考えている」という方は、ぜひお気軽にご相談ください。